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平等って?

書道教室の中学3年生の作品 よく練習します。
               かきぞめ


私の書道教室では、学校の夏・秋・冬の宿題、

作品展の練習も指導しています。



日頃の練習の成果を発揮する機会であり、

また大きく実力もつくチャンスでもあります。



冬休みが近づきましたので、毎年のように、

書初めの練習を希望するかを聞きますが、

近ごろは、書道教室で練習を希望する子が減っています。



なぜかとききますと、(廊下にはりだすだけだから)

という答えが返ってきます。



以前は、張り出した生徒の作品に金・銀・銅の賞が

つけられたのですが、今はほとんどつけません。



生徒はただ作品を提出したか、しないかの

チェックをされるだけなのだそうです。




本来の勉強とは、自分のためなのですが、

それを悟るにはまだ早すぎます。



やはり、金・銀・銅などの賞があれば

練習する意欲もわきますが、

ただ提出するだけでしたら、練習しないですよね。


書道教室でも指導してあげたいのですが。



小学校の運動会の徒競走もいろいろな方法で走らせていますね。

たとえばあらかじめ生徒のはしるタイムを計っておき、

早いほうから6・7人くらいのグループではしらせる。



つまり、本来なら、1・2・3・4・5くらいまでの生徒が

賞をとれるのですが、この場合は、

Ⅰ・7・13.19位の生徒が賞をとれるのです。



下位の生徒にもチャンスを与えるという点では良いですが,

本来、力のある子が賞を取れません。


あまりに、平等意識をいうのもどうなのでしょう。



本来の平等とは、

努力したら努力した分が評価されるのが平等ではありませんか。



努力してもしなくても、同じでは平等ではありませんよね。

どう思われなすか?


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2012.12.09 / Top↑
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